情報と自然と人の動き
勤め人をやめてから、はや二年が経過しようとしていますが、最後の勤務先では主に旅行ガイドブックの編集や地図制作の仕事に携わっていました。仕事の内容は、各地域の見どころに関するたくさんの情報をもとに、その魅力をわかりやすく再構成して誌面で紹介すること。そして当時は、そのような仕事の内容に疑問を抱くこともなく、観光地や街の見どころを雑誌で肯定的に紹介することに伴う「弊害」について思いを巡らせる機会もありませんでした。「ガイドブックの仕事を通じて、おもしろい場所やいいお店を読者に教えてあげれば、お店の人もガイドブックの読者も両方喜ぶに違いない」と漠然と考えていたのです。
しかし、会社をやめてフリーランスになり、好きな時間に好きな場所に行けるようになると、そのような「街の見どころ」に対する見方も変わってきました。具体的に言えば、お気に入りの店やエリアに足繁く通うようになり、必然的に「街の変化」について肌で感じるようになったのです。街であれ人であれ自然であれ、すべての物事は常に変化しているもので、変化そのものを拒絶してもしょうがないのですが、それでも私の目の前で起こっている「街の変化」は、必ずしも歓迎すべき性質のものばかりではありませんでした。そして、自分がかつて手掛けていた仕事が、そのような変化に大きく影響していたことを知り、改めて「情報」という具体性のない存在の持つ見えない力について考えさせられたのです。
大阪の中でもとりわけ若者に人気のある「アメリカ村」は、私自身も中学生時代から遊び歩いていたこともあり、今でも通りを歩いていると「昔の遊び場」に戻ってきたような安心感を感じることがあります。お店の顔ぶれは、20年前とはほとんど入れ替わってしまっていますが、中には当時から続いている老舗(?)の店もあり、街の持つ「空気」そのものは、子供っぽいおバカな部分も含めて、今も昔もさほど変わっていないように感じられます。
そこから西へ少し歩き、四つ橋筋を越えてさらに進むと、北堀江というエリアに入ります。この辺りは、20年前にはせいぜい純喫茶とタバコ屋があるだけの、小さなマンションと会社事務所が並ぶ静かな一帯でしたが、数年前からおしゃれなカフェやブティックが店を開くようになり、アメリカ村に集まる若者の一部は、変化を求めてこの北堀江にも流れてくるようになりました。当時はまだ、テナントの賃貸料も比較的安かったこともあり、個性的な店が次々と開店し、いつしか「北堀江」はアメリカ村から完全に独立した「街の見どころスポット」として、情報誌やガイドブックで大きくとりあげられるようになっていったのです。
もし私が今でもガイドブックの仕事を手掛けていたなら、新規開店のお店に関する情報を絶えず収集して「北堀江でいちばん旬のお店はココ!」などという原稿を書いていたかもしれません。しかし、北堀江に人が集まるようになると、それに伴って「集まる人」を「お金」と見なす人々もまた「利益」を求めて入り込んできます。「今いちばんオシャレな街・北堀江に店を出せば儲かる。」そう考えた資金力のある企業は、北堀江に集まる人たちがいかにも好きそうな内装・いかにも好きそうな内容のオシャレな店を、次々と出店し始めました。
こうした企業が進出したことで、北堀江に流れ込むお金の量は確かに増加しましたが、それに伴って、数年前には誰も予想しなかったような問題が表面化するようになります。安かったはずのテナント料は高騰して、静かな北堀江でのんびり店をやるつもりだった個人経営のお店の中には、立ち退きを余儀なくされてしまったところもあるといいます。最初のうち、北堀江にお店を出す人たちは、たぶん雑誌の取材を喜んで受けていたことでしょう。しかし、そのような「情報」が不特定多数の人々に向けて強力に発信されたことで、街の性格は少しずつ変質してしまい、かつて存在した「喧噪から離れた静かさ」という北堀江の雰囲気はなくなりつつあります。
もちろん、お店というのは人の流れに揉まれながら成長してゆくものですし、今でも北堀江で自分たちのスタイルを守りながらお店を続けている人も存在します。けれども、私はこのような街の変化を自分なりに理解し、その変化を受け入れた上で、今後は「街の見どころ」についての情報の取り扱いには注意しなければいけないな、と考えました。目の前にある情報を、どんな人かもわからない不特定多数の人に向けて無自覚にバラ撒くような行為は、少なくとも一片のガラスのかけらにも似た危険を内包していることを思い知りました。
「情報伝達」という行動に伴って発生するこのような問題は、見に行く場所としての「自然」にもそのまま当てはまります。というより、弊害の大きさはより決定的と言っていいと思います。景勝地として名高い大台ヶ原の樹木が枯れつつある最大の原因は、そこに住む鹿などではなく、自然の許容量を超える数の自動車が山に入るようになったからだと言われています。「ここに行けば美しい自然が見られるヨ!」という記事を、漠然とした善意で書いた筆者は、まさか樹木を枯らすほどの訪問者がそこに足を運ぶなどとは想像もしていなかったでしょう。「自然ブーム」と聞けば、自然に対する人々の認識が深まったかのように錯覚してしまいますが、自然に足を踏み入れる人間はすべて、多かれ少なかれ自然を踏みにじる存在である以上、無自覚な「自然ブーム」は逆に自然の破壊を加速させてしまう危険をはらんでいます。
我々にできることは、自然の弱い部分、修復に時間がかかる部分についての知識を深め、なるべくそのような部分にダメージを与えることなく、自然の中で「遊ばせてもらう」「ひとときの時間を過ごさせてもらう」ことではないかと思います。幸い、というべきかどうかわかりませんが(笑)、このホームページの読者はまだ決して多くはありませんので、このホームページを通じた情報伝達によって、芦生の森を訪れる人の数が急激に増加することはないでしょう。しかし、私はもう、自分の好きな場所や好きなお店についての情報を、何かの媒体を使って不特定多数の人に伝達することは原則としてやめようと考えています。その代わり、親しい友人や知人に口頭で「あそこはすごくいいところだよ」と教えることにしています。この方法であれば、情報伝達のスピードをある程度はコントロールできますし、予想外の爆発的な広がり方をする心配もありませんから。身近な情報を紙ヒコーキにしてビルの窓からどこかへ飛ばすような行為は、もうやめます。
諸行は無常なり。ならば、せめて感慨に耽りつつ変化の過程を見守るくらいの時間を、神様、どうか与えてください…。
(文/写真 山崎 雅弘 2008@mas-yamazaki.com)
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