誰でも、子どもの頃に一度は手を染めたであろう、手軽な趣味・切手集め。けれども、民俗学者の梅棹忠夫氏によれば、切手収集という趣味は、子どもがその醍醐味を味わうには難しすぎるのだとか。一枚一枚の切手には、その国の文化や風習、政治体制、動植物や歴史など、さまざまな情報が反映しているからであり、換言すれば、それらを読み解く鍵さえ身につければ、これほど知的好奇心を刺激してくれるホビーは他にないのだという。

 ところで、切手収集に比べると、日本ではあまり認知されていないのが『カヴァー(使用済み封筒)』のコレクションである。その国で実際に使われている切手に、その国の消印が黒々と押捺された、他人には単なる紙屑にしか見えないような薄汚れた封筒。しかし、そんな封筒たちが語ってくれる囁きに耳を傾けさえすれば、これまで知らずに過ごしてきた色々なものが紙の向こう側に見えてくることもある。

 例えば、切手を小さな美術品として扱う「フィラテリスト(切手蒐集家)」の世界では、ごくわずかな指紋ひとつが収集物の価値を致命的に低下させてしまうことも多い。だが、カヴァーを収集する楽しみのひとつは、むしろその手触りの違いを感じることにある。美しい反面 、版ずれも激しいイタリア、優雅で上品なフランス、几帳面な北欧、おおらかな東南アジア、無愛想なイギリス、愛嬌のあるアフリカ…。切手と封筒の紙質や印刷の仕上がり具合は、その国の現在の経済状況を色濃く反映しており、時には「紙の匂い」から、その国の文化や生活すら伝わってくることもあるのだから。

 では、一体どうやって、外国のカヴァーを手に入れるのか。海外に知人がいる人は別 として、そうでない場合はやはり、海外のお店に通販を申し込むところから始めてみるのがよいだろう。個人輸入のガイドブックを見て、英文で書く場合の手紙の見本を写 しとり、輸入雑誌で見つけた広告のアドレスに送ってみる。すると早ければ二週間ほどで、返事の入った自分宛てのカヴァーが手元に届くことになる。

 もちろん、時にはこちらの差し立てた手紙が『宛先人不明』として返送されてくることもありうる。だが、例えば四カ月前に航空便で送ったはずの手紙が、二カ月前のモスクワ中央郵便局の消印と付箋をくっつけて無事日本に戻ってきたりすると、このちいさな旅人(?)の帰還に、ささやかな感動を覚えてしまうことすらあるのだ。この四カ月間、お前はどんな所で夜を過ごし、どんな人の手に触れてきたんだい…。

 一通のカヴァーが我々に伝えてくれる情報とは、もちろん見方によっては取るに足らないものでしかない。しかし、彼らが運んでくれた、その国の「匂い」に刺戟されて、いつの間にかその国の文化に親近感を覚えていたと気付いたとき、あなたの目にはこのちっぽけな封筒たちの姿が、ほんの少しだけ大きく、誇らしげに映っていることだろう。

 

文・山崎雅弘
出典・「国際ジャーナル」1997年4月号
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